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「流行に流されない」という流行

akiaki

「はやりすたり」の終わり?【OpenMedia-Kyoto】


流行に流されないという流行

 私は、服装にはそれなりに気を使っています。それなりに気を使っているというのは、要は無難な格好をしているということです。オシャレと言われることはなくとも、人に笑われるようなことだけは避けたい、そんな風に考えて服装を選んでいるのです。そして、そんな私には、ファッションリーダーと呼ばれる人々は眩しく映ります。彼らは、「笑われなければいい」などと言うことはありません。「流行には流されない」「自分がいいと思ったものを着る」――彼らがこんな風なことを言っているのを、みなさんも一度ならず見聞きした覚えがあるでしょう。

 しかし、この「流行には流されない」といった言葉そのものが、彼らが流行に流されていることの証明なのではないでしょうか。すなわち、彼らが流されている流行とは、流行に流されないという流行です。「流行には流されない」「自分がいいと思ったものを着る」というような言葉が多くのファッションリーダーから発せられるのであれば、それはもはや一つの「流行」である、というわけです。

アキバ系というアンチテーゼとその限界

 ところが、実際のところは、彼らのファッションは巷の流行と非常によく一致します。いくら流行に流されないといっても、彼らがいまさらボディコンを着たり、エビアンホルダーをぶら下げたりすることはないのです。

 そんな彼らに「流行に流されないとはこういうことだ!」と強烈なアンチテーゼを突きつけた人たちがいます。いわゆるオタクあるいはアキバ系と呼ばれる人たちです。チェック柄のシャツを、90年代以前のごときまだらな色のジーパンにベルトインし、頭にはバンダナを巻く。本人たちが意図していたかどうかはさておき、「流行に流されない」を地で行く彼らの姿に、これまでのファッションリーダーにはない魅力を感じた人も多かったのではないでしょうか。「電車男」やメイド喫茶が広く人々に受け入れられたのも、この点と深い関係があるのではないかと私は思います。


『おたく』とか『アキバ系』の人たちって、そんな呼び名ができる以前の昔から、なぜかあんなファッションになりますよね。

特に上の画像のように一か所に集めて見たときに、非常に似通った何かが浮き彫りになります。『普通に』『自然に』を意識し過ぎるあまり、何か余計に普通でなくなってしまうというか。。

頑なに巷の流行を無視するというのも過剰な自意識の裏返しのような気がします。


痛いクルマ=『痛車(いたしゃ)』(・ω・`;)!
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